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東京地方裁判所 昭和42年(わ)1926号 判決 1969年12月26日

主文

被告人を懲役三年六月に処する。

訴訟費用は別紙訴訟費用負担表のとおり被告人に負担させる。

有価証券虚偽記入の訴因については、被告人は無罪。

理由

(被告人の経歴)

被告人は父祖代々黒田藩の典医であった家に生まれ、父○○○○は名古屋市内に病院を経営し後に同市医師会長もしたことのある医師であり、叔父○○○○○も東大附属病院長をしたことのある医学者であったところから、家業を継いで医師になることを志して昭和一七年四月名倫中学卒業とともに直ちに日本医科大学予科に入学し、途中兵役に服して終戦後同大学本科に復学したが、在学中の昭和二二年、東大学生の山崎晃嗣と知り合って金融業光クラブの設立経営の手助けをすることとなった。ところが右山崎が突然自殺したことから「光クラブ事件」として世間に騒がれたため被告人は右大学を退学のやむなきに至り、医業を継ぐことを断念して、爾来一貫して金融や不動産取引の仲介あっせんの業務に従事することとなった。すなわち、昭和二四年五月から中央大学法学部に籍を置く傍ら同年一一月から東日本開発株式会社、さらにアサヒ興業株式会社等の経営に携わり、昭和三一年六月ころ芳賀昭夫が主宰して金融業を営む東京経済研究所に入って、若年のころから金融業に専心してすぐれた手腕をもつ右芳賀昭夫と親交を結ぶようになり、同人と共同して右研究所の業務を運営する間に昭和三二年五月判示第一の事件につき逮捕勾留され、同年六月保釈になった後も芳賀とともに金融および不動産取引業などを共同して営んだ。そしてその間、判示各事件によって逮捕、勾留され、保釈出所することをくり返し、昭和四二年ころから出生地の名古屋に戻って不動産取引の仕事に従事していたものである。

(罪となる事実)

第一  〔32・5・15、32・6・17各起訴状の訴因〕

被告人は、昭和三一年六月中旬ころ以前光クラブの事務員をしていた石塚雅子から芳賀昭夫が経営する和光こと東京経済研究所のことを聞かされ、その紹介によって東京経済研究所にはいることとなった。右研究所は、芳賀が昭和三〇年一二月ころ、東京都目黒区上目黒二三一八番地に家を借りて、金融業を営む目的で設立したもので、被告人がはいった当時他に所員四、五名がいたが、芳賀自身別件取込詐欺容疑で身柄を拘束され保釈になったばかりであって、自己資金があるわけではなく、他に有力な出資者もいなかったので営業は振わなかった。そこで被告人は入所後間もなく芳賀に対して「金融利殖業務計画書」と題する書面を起案提出して新たな運営方法を提案したが、芳賀は被告人を、かつて光クラブの共同経営者としての経歴を有している者として重視していたので、同人は被告人の右の提案に賛同することとなり、ここに被告人は芳賀と共にいわゆる「遊金利殖と融資斡旋」を内容とする金融業を中心にそのかたわら経済雑誌の発刊をも行うことにし、東京経済研究所の組織上の態勢をととのえた。

ところで、被告人らの企図した右金融業務とは、新聞広告等によって、遊金利殖希望者と資金借入希望者とを募集し、右資金借入希望者に対して融資先として、遊金利殖希望者を直接斡旋したり、東京経済研究所が資金借入希望者に対し、元利を保証し、その責任において融資することによって、手数料および利鞘を稼ぐことを内容とするものであった。そしてその組織としては、芳賀が所長となり、業務を四部門に分け、同所の中枢を占める遊金利殖および貸付を担当する営業部には被告人を責任者として他に新井正男、広瀬栄範、三井敬三および鶴田基の四名を配し、債権取立および一般渉外を担当する渉外部には責任者の山本猛の他に四名を置き、経理部には芳賀と石塚雅子を、雑誌編集出版部には責任者の浜野吉男の他四名をそれぞれ配置して、各自の業務に当ることになったものである。

しかしながら、当時芳賀には同人と特殊の関係にあった○○○○が提供してくれた当初の三〇万円を含め数回にわたり合計一五〇万ないし二〇〇万円を出資してもらった以外には資金や財産の準備はなく、また右○○○○以外に金主や融資をしてくれる者がいたとは認められない状態であった。それにもかかわらず、遊金利殖希望者に対しては月三分ないし五分の利息で融資を受け入れ、資金借入希望者に対しては月一分八厘ないし三分の利息で貸付けるとの広告募集をして、右両方の希望者からの申込みを受けるというのであるから、右両者を直結させることによって利鞘稼ぎをすることは元々不可能であるうえ、右東京経済研究所の発足後間もなく営業部員の給与を歩合制とし、遊金利殖の出資を受けた場合には、その二割を、借入申込みを受けて調査料、交通費等を徴した場合にはその三割を、その担当者に歩合として給付していたものであるから、東京経済研究所の収支が償う道理がなく、被告人らには最初から正常な金融業を行う意図はなく、右遊金利殖者の融資金や資金借入希望者からの調査料、交通費等の名目で、金銭を受け入れること自体を目的としていたものと言わねばならない。

なお、被告人および芳賀以外の所員については、最初から右の事情を知っていたか否か明らかではないが、右業務開始以来多数の融資契約を締結したにもかかわらず、実際には殆んど貸付が行われておらず、同年、八、九月以降には、調査料などを支払った資金借入申込者から苦情や抗議が殺到していたこと、更に同年九月ころには、芳賀において所員に対し、「全責任は俺がとるからお前達はただ保証金、調査料などを取ってくれば良いんだ、自分が懲役三年位行けばいいんだから。」などと発言をしていることなどから考えると、一部の所員は、被告人らの金融業の実体を察知しながら、後記のとおり被告人らとその行為を共にしたものである。

一、被告人は、芳賀と共に前記のとおり新聞広告により融資斡旋または融資保証斡旋と称して遊金利殖希望者を募集したが、これに対し、それぞれ出資に応じた確実な担保を提供し得る能力も、その確実な当てもなく、また弁済期日に元利金を約定どおり完済し得る能力も、その確実な当てもないのに、あるように装い、

(一)、〔32・6・17起訴状三別紙犯罪事実一覧表(二)1の訴因〕

昭和三一年七月三日、芳賀と共謀のうえ、東京都目黒区上目黒四丁目二、二一八番地東京経済研究所において、新聞広告を読み、土地、家屋を売却した手持ちの金による利殖を希望して来所したガラス商千木良照吉に対し、「東京経済研究所は親の代から金融業で、貸付けは一流会社を相手に株券、土地などの担保を取っているから絶対安全であり、あなたが投資するときは確実な担保を提供するうえ、月四分の利息で、支払期における元利金の支払は確実に履行する。」などと嘘を言って、同人をその旨誤信させ、同月五日同都世田谷区北沢三丁目一、〇七四番地の同人方において、情を知らない被告人等の使者石塚雅子を介して、鎌倉にある家屋を担保にするという条件でいずれも右千木良照吉振出、富士銀行北沢支店宛額面二〇万円および一〇万円の小切手各一枚の交付を受けたほか、同月一〇日には日活ビル地下駐車場にある自動車を担保にする条件で額面八〇万円の右同様の小切手一枚を、同月三〇日には、他人名義の株券を担保として引渡したうえで、現金五万円の各交付を受けて、これを騙取し、

(二)、〔同起訴状の三の訴因〕

同年七月上旬ころ、芳賀と共謀のうえ、いずれも前記東京経済研究所において、被告人および芳賀において、新聞広告によって知り、食品販売業等によって貯えた現金や株券での利殖を希望して来所した高山妙子に対し、数日おきに前後三回にわたって、偶々ほかから預っていた伊東の鉱泉地および旅館の登記簿謄本などを示したりしながら、「東京経済研究所は親子三代の金融業で、一億円以上の金も動かしており十分信用できるし、あなたが投資するならば右鉱泉地などのほか適当な物件を選んでこれを担保に提供するうえ、現金は月三分、株券は月二分五厘の利息を支払い、支払期における元利金の支払および株券の返還は確実に履行する。」などと嘘を言って、同女をその旨誤信させ、いずれも同所研究所において、芳賀において同女から、同月七日に八幡製鉄株式会社株式二、五〇〇株、旭化成株式会社株式一、〇〇〇株、昭和産業株式会社株式一、〇〇〇株、明治海運株式会社株式五、〇〇〇株、飯野海運株式会社株式五、〇〇〇株、三菱造船株式会社株式五、〇〇〇株の各株券(当時の株価合計約二一一万八、〇〇〇円相当)、同月一二日に現金九六万二、二四〇円および電気化学株式会社株式五、〇〇〇株の株券(当時の株価五九万円)、株式会社読売新聞社債券(第一回三号額面一〇万円)二枚、東京電力株式会社社債券(額面一〇万円)一枚、同月一八日に株式会社小松製作所株式一万株の株券(当時の株価六七万円相当)、更に同月二五日に現金約三二万一〇〇円の交付を受けて、これを騙取し、

≪中略≫

二、被告人は、前記のとおり、資金を貸付ける意思も能力もなく、また特定の遊金利殖希望者を斡旋して資金を借受けさせてやる意思も確実な当てもないのに、あるように装い、

(一)、〔32・6・17起訴状一の訴因〕

昭和三一年七月三〇日ころ、芳賀昭夫と共謀のうえ、前記東京経済研究所において、株式会社一乃瀬の店舗新築資金の借入れを申込みに来所した同社経理係吉田信治に対し、「一乃瀬の代表取締役増川泰振出の手形を担保にして手持ちの金で間違いなく申込額一〇〇万円を融資するから、調査料として融資額の五分、五万円を先に納付するように。」と嘘を言って、右の金員を納付すれば融資を受け得られるものと同人を誤信させ、八月一日同所において、右吉田信治から、増川泰振出、協和銀行新宿支店宛額面五万円の小切手一枚の交付を受けて、これを騙取し、

(二)、〔同起訴状一別紙犯罪事実一覧表(一)1の訴因〕

芳賀と共謀のうえ、同年八月四日前記東京経済研究所において、新井正男の仲介により商売の資金借入れを希望し、事前に申込書を提出のうえ、その交渉に来所した洋品商坂田平八に対し、「あなたの家屋を担保にして申込みの七〇万円を一週間以内に融資することに書類審査で決定したが、当所で外から借入れて準備した金が不要となる場合の損害の保証金として一五万円を納付するように。」と嘘を言って、右の金員を交付するときは融資を受け得られるものと同人を誤信させ、その場において、同人から坂田京子振出三菱銀行池袋支店宛額面一五万円の小切手一枚の交付を受けて、これを騙取し、

≪中略≫

第二  〔36・5・24起訴状の訴因〕

被告人は、東京都渋谷区八幡通二丁目一八番地において帝国産業株式会社の名称を用い山本猛を社長、新藤留正を社長代理ということにして個人で不動産売買、金融あっせん等の事業を営んでいたところ、昭和三五年一一月二〇日ころ、出入りのブローカー葉山嘉孝を介して日本音響株式会社代表取締役の坂本清之助から同社の資金操りのためにトランジスターテープレコーダーを担保にして二〇〇万円ほど融資してほしいとの申込を受け、同月二八日夕刻その見本としてトランジスターテープレコーダー二五台の提供を受けてこれを右同所事務所において、右坂本のために預り保管中同日その直后前示山本および新藤と共謀してうち二〇台(価格合計七九万二〇〇〇円相当)を同区大和田町七八番地の金融業志水正義方で同人のほしいままに金一〇万円で売却して横領した。

第三  〔37・12・21起訴状の訴因〕

被告人は、芳賀昭夫が昭和三七年三月ころに設立、経営している金融あっせん証券取引等を業とする株式会社大黒屋において同人を補佐してその運営にあたっていたもので、芳賀昭夫が会長、被告人が専務取締役として、両名において会社の実権を掌握していた。同社は昭和三七年一〇月二六日ころ以来国際証券株式会社(代表取締役社長森広二)から総額一四〇万円ないし一八〇万円程度の株式の買付をして小切手で代金の決済をして来たが、被告人らは同月三一日第六回目の買付を一挙に四〇〇万円にふやし、更に一一月二日の第七回買付にあたって同社に対して総額八二〇万七、八〇〇円の買付申込をした右国際証券においては、大黒屋の小切手金支払能力に不安を抱き、銀行等で大黒屋の信用調査をした結果小切手取引に危険を感じて現金取引に改めることを申入れて来たので、被告人は芳賀と共に右国際証券に対して従来どおり全額小切手取引とするか、あるいは半分現金半分小切手の取引にして貰いたい旨種々折衝を重ねたが断られた。そこで被告人は芳賀と共に株券受渡の日である同月八日朝に至り大黒屋にも被告人および芳賀のいずれにも現金支払の能力が全くないのに現金取引にするからと詐って国際証券から株券を提供させて騙取しようとの犯意を通じ、芳賀において、社員に命じて国際証券社長森広二に対して、「現金がそろったから株券を持って来てくれ」と虚偽の電話をかけさせ、同人をして前日来の折衝の経過に鑑み右の申入れが真意に出たものと誤信させ、その結果、森社長をして社員鈴木正雄を介して同日午后零時三〇分ころ東京都千代田区東神田一二番地の株式会社大黒屋事務所に買付注文にかかる東亜道路株式会社株券等合計一万五、〇〇〇株(当時の価格八一五万六、〇〇〇円手数料ぬき)を搬入提供させ、芳賀においてこれを受領して騙取した。

(証拠の標目)≪省略≫

(弁護人の判示第一の各所為に関する事実主張についての判断)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示第一および第三の各所為は、いずれも刑法第二四六条第一項、第六〇条に、判示第二の所為は同法第二五二条第一項、第六〇条に、それぞれ該当するところ、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年六月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により別紙訴訟費用負担表のとおり被告人に負担させることとする。

(無罪の事実とその理由)

一、公訴事実の要旨

被告人は、自らが住友一夫と共同して代表取締役をしていた住友建設株式会社が資産皆無であり資本の充足のない会社であることを知りながら、資本が充足されているかのような内容虚偽の株券を発行して利を図ろうと企て行使の目的をもって

第一  昭和三七年九月二一日ころ東京都港区麻布新堀町七番地日本証券印刷株式会社で情を知らない中西清吉をして株券用紙二五八枚に、住友建設株式会社株券一、〇〇〇株券金五〇万円株主山野仙也殿、発行する株式総数二五万八、〇〇〇株、一株の金額五〇〇円等と印刷させて恰かも一億二、五〇〇万円の資本金が充足された住友建設株式会社の株式一、〇〇〇株、額面五〇万円の価値ある株券であるかのような内容虚偽の株券二五八枚を発行し、

第二  昭和三八年八月一九日ころ、東京都世田谷区代田二丁目一四番地の四株式会社博文堂印刷所で、情を知らない遠藤孝夫をして株券用紙六〇〇枚に、住友建設株式会社株券一〇〇株券金五万円、株主山野井仙也殿発行する株式総数二五万八、〇〇〇株、一株の金額金五〇〇円等と印刷させて第一同様、内容虚偽の株券六〇〇枚を発行し

もって有価証券に虚偽の記入をした。

二、無罪の理由

本件各証拠によれば本件各訴因の外形的事実は、ほぼ認めることができる。しかしながら、本件は次に述べる理由から有価証券虚偽記入罪を構成しない。

本件住友建設株式会社は、その前身は範栄興業株式会社という資本金一〇〇万円の会社(昭和二七年一二月一一日設立)であるが、大栄興業株式会社と商号が変更されたもので、次いで住友一夫が昭和三二年八月に三万円ぐらいで買収して前記商号に変更し、昭和三六年一月に増資して資本金が一億二九〇〇万円になった。右の増資は、資産再評価にもとづく再評価積立金の資本組入の方法によっておこなわれ、同月二八日に必要な書類を添付のうえ東京法務局渋谷出張所に資本額についての変更登記申請をして(添付書類は昭和三一年一月八日付株主総会議事録および会社定款)、即日その旨の登記がなされた。ところで資産再評価にともとづく再評価積立金の資本組入については、まず再評価額等を所轄税務署長に申告しなければならないのに(資産再評価法第六条、第四五条第一項参照)これを行なった形跡はなく、また再評価すべき資産自体、到底新しい資本額をみたし得るものではなかったことは明らかであるが、登記申請書に再評価積立金の存在を証する書面の添付を要しなかった当時のことであるから(株式会社の再評価積立金の資本組入に関する法律第一一条の二第一項参照。昭和三八年七月法律第一二六号により本条追加)前記増資の登記をすることに支障は生じなかったものである。

被告人は、前記住友建設株式会社について右のような経過で増資の登記がなされ、その後も業績の見るべきものがなく資産皆無の状態であったのに、右会社の経営に参加することとなって、本件訴因に指摘するとおりの株券を印刷発行することとなった。

しかしながら、株式会社の株券(株式)は株主たるの地位を表象するものであって、必ずしもその株券の表示する株式券面額の経済的価値を表象するものではない。たとえば、「本件の一、〇〇〇株券五〇万円」の株券は、前記株式会社の株式総数二五万八〇〇〇株に対する一〇〇〇株の割合の持分権、いいかえれば会社財産に対する二五八分の一の持分権をあらわすに過ぎず、それ自体で五〇万円の価値をあらわすものではない。訴因記載の「額面五〇万円の価値ある株券である」というような事態は会社資産の評価額が資本金額と一致しているときに生ずる現象に過ぎない。従って、株券の券面額が会社資産の経済的価値を直ちに表象するものでない以上株式の発行は会社の資産状態とは直接の関係がない。被告人が資産皆無の状態にある会社の株式を発行しても、その株式は無価値な、もしくはきわめて価値の少い株式として取り扱われるだけのことであってそのような株式を発行してはならないということにはならない。そうであれば被告人が印刷した本件各株券の文言中には何等虚偽事項がふくまれているものではない。従って、被告人の行為は、有価証券虚偽記入罪を構成するものではない。

なお、前述の資産再評価の際の再評価額等を税務署長に対して申告していない事実は、資産再評価、ひいては再評価積立金の資本組入れの効力に影響を及ぼし、有効な増資がなかったことになると解すれば、資本金額を一億二九〇〇万円とすること自体が客観的には虚偽になる。しかし、それは被告人の全く関与していない以前の増資手続の際のことであり且つその付随手続としての税務署長に対する申告のことであって、被告人の与り知らないところである。

つぎに、検察官は、訴因第二の事実をダブル株の一場合と主張するもののようであるが、本件は訴因第一の株券が印刷後全部又は殆んど全部被告人の手許に保留されている間に第二の株券を印刷した場合である。ダブル株の発行とは全株式に相当する株券が既に発行されて株主に交付された後、予備株券等を利用して正規の株券以外の株券を更に発行することをいうものと解されるのであって、これが虚偽記入罪を構成するのは、会社財産の全持分が、全株式の発行によってすでに配分されてしまったのに、更に持分権を真実に表象しているかのような株券を作るからであると考えられるのであるが、本件は右の場合とは全く事情を異にするのである。従って本件はダブル株の発行にもならないと解される。

以上説明のように、被告人が本件各訴因の犯罪を犯したとの証明がないから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。

(裁判長裁判官 浦辺衛 裁判官 宮本康昭 平湯真人)

<以下省略>

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